清水淳子(2017)「Graphic Recorder」BNN新社 を読みました。本書の簡単な紹介と、読んで考えたことを書きます。
なお、著者の清水さんにはグラフィックレコーディングのワークショップに参加させて頂いた際にお目にかかったことがあり、その場でグラフィックレコーディングを見せて頂いたこともあります。
https://www.hashimoto-lab.com/2015/05/4308
本の内容
本書は、グラフィックレコーディングとは何か? から、どのように行うのか? どういった場で使うのか?についてが書かれています。
用語を整理すると、「人々の対話や議論の内容を聞き分け整理しながら、リアルタイムでグラフィックに変換し、可視化する」ことが「グラフィックレコーディング」であり、それを行う人を「グラフィックレコーダー」、出来上がった記録物をグラフィックレコードと呼びます(P12)。
ワークショップや何らかの対話のイベント、話し合いを行う会議の場に関わる方であれば、見たことや体験したことがあるのではないかと思います。
本書の特徴は、グラフィックレコーディングについて主張が文字だけではなく、豊富なグラフィックによって構成されていることです。つまり、グラフィックレコーディングとは何かを「グラフィックレコーディングしている」本ということができるでしょう。
引用:BNN新社Webサイトより
そのため、本文を読む事で理解を深めることができるだけでなく、パラパラと眺めているだけでも面白い本になっています。加えて、本文の内容をどうグラフィックにしたのかを学ぶこともできるのです。自分だったら、どう表現するだろうかと考えながら読むと、得られるものが多くなると思います。
私としては、授業の中での板書の際に、図示することがよくあります。図解の力強さを活かすために、「捉え方」および「書き方」を参考にしていきたいと思っています。
感じたこと
本書の中で、キーワードとされているのは「齟齬」です。会議における参加者同士の何らかの齟齬を、グラフィックによって解決しようとしているように感じます。
また、その解決方法は、齟齬を積極的に見せるようにしているように感じます。それは一見解決に結びつかない方向に進ませることかもしれません。なぜなら、齟齬を互いに認識すれば、何らかのバトルが起きるからです。逆に、齟齬を見て見ぬふりをすれば、会議自体は何事もなく進むでしょう。問題は解決しないままですが。
本書が目指しているのは、存在している齟齬を見えないようにすることではなく、齟齬を認識させた上で、どうするかを参加者に委ねる。一つ、レベルを上げた解決を目指している。そんな印象を持ちました。
そして(だからこそ)、本書が示すグラフィックレコーディングというのは、当事者間の何らかの戦いの「中で」描き出す手法だと感じました。無色透明な存在として安全地帯から会議を描き出すのではなく、会議の中で(決して参加者になるわけではない)、記述していく。もう、人々の汗や血が飛んできそうな場に踏み込んで描く。そんなイメージです。(特にP110−111)
一見、レコーディングという言葉から、「ありのまま」を「客観的に」記録することのように感じますが、そうではないんだなと(少なくとも著者はそう捉えていないだろうと)感じました。たぶん、ここには「認識論」的前提があるのだと思いますので、異なる立場の人を含めて議論できたら面白いなと思います。そして、それもグラフィックレコーディングされたら、どうなるんだろうなと、夢想します。
なお、私自身考えていたのは、「そもそも会議を客観的に捉えられるのか?」ということです。これは、方法論に関する議論になるでしょうし、経営や組織を対象とする研究であれば避けて通れない問いだと思うからです。こちらの話はまたいずれかの機会に。
最後に、会議やワークショップなどをグラフィカルに表現するということであれば、なんとなくできた気になります。それは、アウトプットがそれなりに存在するからです。自分も、少し取り組んでみた所、なんとなく出来上がりはしました。しかし、「齟齬を示す」といった介入をしようとすれば、自らの介入が起こしてしまう意図しない波風のようなものをも考えなければならなくなるでしょう。それは、相当に難しいことだとも思いますが、大きな価値があることだと思います。
とはいえ、ハードルをあげる話ではなく、まずはやってみるということからでしょうか。ゼミで取り組んでみたいなと思っています。
<参考>
著者の清水さんが日本デザイン学会で発表された内容