もう相当前の事になりますが、ある経営者から以下のような内容の話を聞きました。その経営者は、先代から会社を引き継いだばかりで試行錯誤していた頃、別の経営者から言われたそうです。
「君は、怖いが恐ろしくない。先代は怖くないが、恐ろしかった。」
この言葉が深く刺さり、その後のマネジメント手法を考え直したと仰っていました。
怖さと恐ろしさ。確かに、言葉としては違います。ただ、一見すれば何が違うのかわかりません。深く、この言葉について考えてみると、恐ろしさの方には、何か背筋がゾクゾクするような感覚を覚えます。また、何か譲れない芯の強さを感じる言葉でもあります。また、一見優しそうに思う人が強さを発揮したときには、怖いではなく、恐ろしいという印象を持つのではないでしょうか。
とても薄っぺらい言葉でまとめれば、「怖さは表面的であり、恐ろしさは内面から発されるもの」と言えるのかもしれません。
私にとってもこの言葉は、心に突き刺さっています。マネジメントの本質を示すような言葉であるような気がしたからです。
例えば、それは許す事につながってくるのかなと思います。簡単に人を許してしまえば、怖くはなくなります。しかし、恐ろしい人に許してもらうと別の意味をも持つと思うからです。
許してもらった。しかし、それはどういう意味があるのだろう? 許されたこちらが深く深く考えるきっかけになりました。
僕が出会った何人かの素晴らしきリーダーは皆、こういう方であったように思うからです。普段はとても優しい。しかし、あるポイントを超えたときにはとてつもなく恐ろしい顔を見せる人が多かったのです。
他人を許す勇気を持ちながら、されどある線を越えたら絶対に許してもらえないという内面に恐ろしさを感じる。一つの大きな目標です。
スタバのひと言メッセージは、些細な事かもしれませんが癒やされますね。