Tony Wagner(2012) Creating Innovators: The Making of Young People Who Will Change the World. 藤原朝子(訳)(2014)「未来のイノベーターはどう育つのか」を読んだ。
本書は、リーマンショックなどを受けた後の世界(メインは米国の記述だが)において、必要とされるのはイノベーター(イノベーションを起こす人材)や起業家であると述べる。そして、イノベーターを「育てられる」という前提に立ち、育成方法を述べている。具体的には、若き(20代)イノベーターに取材をし、親、教育、環境について、事例をもって述べることで、イノベーターの育成方法について議論している。
様々な事例が出ているが、本書でイノベーターに共通する項目は以下の3点。
1.子供の自主性や独創的な「行動」、モチベーションや情熱を見守る「親」の存在
2.自分の人生を変えた「教師」や「メンター」が少なくとも一人はいる
3.目的意識を持ち、遊びの中で失敗をしながら学んでいる
事例毎に違う点はあるのだが、こういった環境がイノベーターを育てる要素であると述べている。
本書の背景にある(と感じる)のは、既存の教育への批判だ。例えば、No Child Left Behind法は、テストの点の改善のみに固執してしまい、子供の自主性を伸ばす事をせずに「詰め込み式」になっているとして、強烈な批判が展開されている。
また、大学への批判も強い。世界で超優秀であるとされるいくつかの大学においても、研究を行う事に重点が置かれており、イノベーターを育てるような教育体制にはなっていないと言うのだ。
事例として出てくるイノベーターを育てている(育てた)教員は、ほぼ全て有期の契約になっている。現状、米国大学において終身在職権(テニュア)については、論文の数や質といった実績で評価されているが、そのことへの問題提起がなされている。
すなわち、イノベーターは育てる事ができるが、現状の教育はイノベーターが育つようなものになっていない(少なくとも例外的である)、と述べている。
興味深かった点
個人的に興味深いのは、イノベーターが育てられるという前提に立っていることと、その時少なくとも「教師」の存在があるという点である。
まず、イノベーターについては、ある条件を整えることで育てる事ができるという前提に立っている。これは、一般に言われている、「生まれながら」やイノベーターとしての特性を持った人と持っていない人がいるという話とは対極をなしている。
また、若きイノベーター達がいかにしてイノベーターになっていったのかを調べていくと、たくさんの凡庸な教師の中に少なくとも1人は、人生を変えるような「教師」との出会いや、その教師の「授業」があったという事だ。すなわち、イノベーターの育成に、教師の存在も必要であると言うことを述べている。ただし、この教師は、組織の中で主流派ではなく「異端」であるという。このあたりも非常に興味深い。
※本書の特設サイト。イノベーターのインタビュー動画などがある。
議論がしたい
本書の事例として出ているのは、主に米国の話である。当然のことながら、イノベーターの育成は日本においても必要不可欠な事である。では、本書のやり方を真似すれば良いのか? というと、そうは思わない。
もちろん、参考になるところはたくさんある。しかし、疑問に思う所も多々ある。イノベーターの育成方法といった中核の部分も本当かな?と思う点もある。
むしろ、この本を題材にして、いろいろな議論をしてみたいと思っている。
同じ、教師の仲間ももちろんだが、学生や、できれば企業の方々も含めて。当然、偉い人から教えを請うという話ではなく、フラットな立場で議論をしたい。そんな事を思う書籍であった。その議論の先には、きっと「学びのイノベーション」があると思う。