経営者の熟達化としての2冊「起業家」「不格好経営」

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先日、DeNAの南場智子氏の「不格好経営―チームDeNAの挑戦」とサイバーエージェントの藤田晋氏の「起業家」を立て続けに読んだ。
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両社は共に、IT系の企業でありながら、その中身はやはり全く別の会社だと感じられた。また、外側から語られる「華やかな」イメージとはかなり異なる面が見受けられた。特に経営者の意思決定においては、DeNAではタイトルにもある「不格好」という言葉で表され、サイバーエージェントにおいては「焦りとか迷い」という言葉で表されている。どちらも、決して「華やか」ではない。特に、その時代を外部から見ている立場としては、もてはやされている時期、またその逆の時期を知っていると、内情は非常に考え深い。

2冊とも経営者による自伝である。しかし、その中身は、やはりかなり異なる。「起業家」は、前著「渋谷で働く社長の告白」からの約8年間について書かれている。前著では、株式市場からの洗礼を受けたこと、同業の経営者からの支援や経営者としての厳しさを見せつけられた事を通じて、経営者として歩き出す決意が書かれていた。

一方、「起業家」では、起業家としての一定の評価を受けた後の藤田氏ではあるが、メディア事業を立ち上げたいがなかなか立ち上がらないという状況に対して、経営者としてもう一つの節目、一皮むけざるを得なかった苦悩が描かれている。言葉としては出ていないが、新たな企業を立ち上げるような熱量がそこにあった。

一方、「不格好経営」では、南場氏がなぜマッキンゼーを辞めて起業したのかが生い立ちから示されているのと、スタートアップ期の「ドタバタ」がありありと描かれている。経営コンサルタントとしての経験をいかに「unlearn」しなければならなかったのかなどは、新鮮だ。過去、コンサルタントとして指摘してきたこと、クライアント企業の担当者について評論家的に批判してきたことに対する深い内省が印象的だ。ロジカルだけで経営ができるわけではないと南場氏が痛感していた日々がそこにある。

さて、私はこの2冊を経営者の「熟達化」という視点で読んだ。両社ともに創業から10年を超えている。その間、ITバブルやバブル崩壊、ライブドアショック、リーマンショック等様々な外部環境の変化に晒されている。そんな中、経営者としての走り続けた10年という期間が、いかに経営者を成長させるのか、という視点だ。

熟達化に関する研究では、10年ルールや10000時間ルールというものがある。エリクソン(1996)によれば「よく考えられた練習」を約10年繰り返すことにより、(国際的なレベルでの)高い業績を上げられるようになるという。

経営者の10年間は、常にギリギリの選択や、追い詰められた経験をせざるを得ない。そして、上場企業の場合には、株式市場を通じて、ほぼ即座にフィードバックが与えられる。また、その試練に耐えられなければ、企業として生き残る事ができない。つまり、成長or倒産というようなギリギリを強いられる。当然、それを乗り越えてきた経営者が成長していないはずはない。

この2冊は、経営者としての成長(もちろん、それと同じくらい組織としての成長)が描かれている本だといえる。「起業家」では、任せる経営をしていたつもりがいつの間にか責任を取らない体制となり、そこから改めてリスクを取って経営者自らが陣頭指揮するようになった経過があり、「不格好経営」では、当初よりチームとしての経営、結果的に任さざるを得ない状況があったこともあり「任せる経営」がなされている(もちろん、謙遜も多分に含まれているとは思う)。

これは、どちらが良くて、どちらが悪いという話ではない。当然、外部環境、社員との関係、社長のキャラのようなものもあるからだ。しかし、IT系の中でもスマホなどに一早く対応している両社は、ITの事をよく知らない人達からは、同じような業務を行っているとイメージされるだろう。しかし、その中で経営者が悩んでいたポイントが違うという事は感慨深い。そして、決して答えがひとつではない、ということや、あまりにも変数が多すぎて何が正解かなど分からない事も良くわかる。

もちろん、「自伝」であり、なおかつ両者ともに現役の経営者(南場氏は、代表取締役は退任され、取締役)であることから、「書いている」ことよりも「書いていない」あるいは「書く事ができない」話も多いかと思う。その意味で、厳密に熟達の事例として捕らえる事はできないのかも知れない。それでも、経営者がどういったことに悩み、そしてそれを克服しようとしたのか、また、その経験を通じて経営者として成長したのかを知るには2冊とも良書であると思う。

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